『Jesus Christ Superstar』2012 Arena Tour 私家版字幕
ミュージカル(特に舞台)がわりと好きなのですが、最近『Jesus Christ Superstar』にハマってました。このミュージカル自体は以前映画版を見てて前から知ってたのですが、今年 André Bauer というミュージカル俳優に熱を入れていて、その André の CD 化してる演目のひとつに『Jesus Christ Superstar』(以下、JCS と記す)があったので音源を iTS で買って改めて聴いてたら、「なかなかいいなぁ」と他のプロダクションのやつもいろいろあさり直してたのです。
で、いろいろ見比べて、映像になってるやつだと 2012 年のアリーナツアー版という映像作品にもなってる舞台のやつが一番良いと思ったのですが、このパッケージ版の日本語字幕がひどい。どうひどいかというと、劇団四季版の日本語歌詞をそのまま字幕として当ててるのです。
翻訳ミュージカルの歌詞というものは、普通の訳と違って既存のメロディに乗せて歌えないと意味がないので、語調を合わせるために内容をかなり端折ってたり、歌っぽくするために読むにはわかりづらい倒置法や省略が使われてたり、その少ない1曲間でストーリーを伝えるために原詞とは違う箇所で該当の下りを言っていたりします。特に JCS は全編歌でセリフがないので、歌内ですべてを伝えないといけない。それ以外にも商業翻訳は文化背景の違う我々に内容を伝えるために固有名詞やディテールを抜いてたりするので、好きな人には物足りない。
と、とにかく舞台は最高なのに字幕がもったいなすぎた。自分でミュージカル楽しむ分には字幕なしで見ればいいんだけど、他人に布教しづらいなぁとか、字幕への恨みが募りすぎた結果、なぜか自分で字幕訳を作る謎の行動に出てしまったのでした。
で、私家訳である。「まぁ内容よくわかってるし、歌だし」と思って取り掛かったら思ったよりも時間がかかった。そう甘くはないわな。でもせっかく完成?最後までこぎつけたのでもったいなく思えてきて公開に至りました。開発者らしく字幕データも GitHub で公開です。PR とかも出せるし。一応 SubRep (.srt) 形式という一般的なプレーンテキストベースの字幕データ形式なので、字幕として利用しやすいと思います。パソコンで Blu-ray/DVD 等見られる環境なら大体読み込めるでしょう1。
訳詞としては Creative Commons ライセンスにしてますが、そもそも2次制作的なアレなので皆さん良心的なアレでアレしてください。
せっかく Git なので (?) 公開後もたまにちまちま修正してます。
前置きは置いといて、訳作ってると訳注的なの入れたくなってくるものなので、久しぶりにこのブログの筆をとった次第です。
作業順序
英語の .srt 字幕データは、Blu-ray から抜いて手に入れたのでそれをコピーして1文ずつ日本語に訳していきました。気が進むところから1曲づつやって、ひととおり自分で訳し終わったら他の映像版の字幕と比べたりして一部修正しました。で、並行して随時字幕の表示タイミングを調整したり(日本語と英語で切りやすいところ違ったりするので)しつつ、最後は実際に字幕を流しながら通しで映像を見て読みきれなそうな箇所を字数調整して詰めたり、表現を推敲したり。だらだらやって、結局2週間くらいかかってると思う。
訳ポリシー
字数制限
私家訳なんであんまり字数制限を厳しく設けず2、どちらかというと原詞のニュアンスが正確に伝わることを心がけてます。とはいえ、読みきれないと意味がないので、全訳出後、より短く・より簡潔な訳になるようにだいぶ調整しました。
繰り返し
字幕だとよく、歌で繰り返すところの1回目と2回目で字幕内容を変えてより中身説明することが多いのですが、意図的にそれを避けました。ほとんどやってないはず。ちゃんと繰り返そう。
細々と気になって変えたとこ
改めて自分で訳してると、誤訳とまではいかないところも含め、既存訳は気に入らないもいろいろあり、その辺を少し書きたい。ただ、私も大の英語嫌いマンなので、意味が取りきれていない箇所もあるだろうからそういうのはツッコミが欲しい。
まずは他の訳見てて特に気になって意識的に変えた・訳したところ。
Jesus Christ
/Jesus
/Christ
/J.C.
- ジーザスの呼び方いろいろ。というかそもそも他の人はラテン語読みなのにイエスだけジーザスなのに違和感もあるのですが、ここでイエス・キリストにするわけにいかないので Jesus Christ はジーザス・クライスト、 Jesus はジーザスです。だが、Chirst 単体のとこは全部「救世主」と訳してます。他の字幕みると Christ も「ジーザス」にしてることが多いのですが、本字幕では明確に使い分けてます。
あと『Hosanna』ではアンサンブルが「J.C.」って呼びかけてて、これはイニシャル呼びにして親しみというかイコン化してる感じを表現してるんだろうけど、さすがに J.C. は分かりづらいかと思ったのでここは「ジーザス・クライスト」にしました。 Messiah
- Messiah という言い回しも2箇所(『Heaven on their Mind』と『Trial before Pilates』)出てくるんだけど、こっちはせっかくなのでこれは「メシア」にしました。意味は Christ と同じだけど、まぁこの2箇所は原詞でも意識して使ってるっぽいので。
the nation
- これほとんどの訳で「国」って訳してるんだけど、この the の先はユダヤ側を指してるので当時の情勢を考えると「国」ではないんだな。nation は国民とか民族とかそういうまとまった集団を指すのに使います。ってことでここでは行政単位の国ではなく人種としてのユダヤを言ってて、私家版字幕では「我々ユダヤ」とか「同胞」とかにしました。本来は「ユダヤ」という固有名称は出してないのでちょっと説明的だけど。他の場所の the race とかも。nation という言い回しは『This Jesus must Die』と『Judas Suicide』の2箇所に出てきます。
lepers
- 『This Jesus must Die』のアンナスのセリフ。「病人」とかになってるけど「レプラ」のままにすべきだろうに。なんかの配慮か。それかレプラだとわからないと思ったのか。原詞でレプラと言ってるのでレプラにしてます。
I'd want to see
- 『Gethsemane』で
I'd want to know
とともに畳み掛けるところのわりとキモの歌詞。四季版だと私は見たい
などとなっているが、この see は I see. とかの「理解する」という方だろう。know(知る)だけでなく「解りたい」と。 Caesar
- 『Trial before Pilate』に出てくるモブ側の野次。みんな「シーザー」と訳してるけど、ジーザーだとユリウス・カエサルとかの人名っぽいので「ローマ皇帝」(または皇帝)にしました。福音書訳で「カエサルの物はカエサルに」という日本語でも有名な句もあることだし、「シーザー」が誤訳だとまでは思わないけど。
reward
- reward って言葉が何箇所か出てきて、おそらくキーワードの一つなんだろうなぁと思い、できたら全部同じ語で訳したかったんだけど、なかなか難しく断念。「見返り」とか「報い」とか「報酬」とか文脈によって変えてます。
わりと良いと思ってる訳
だからどうってわけじゃないけど、。まぁ細々色々あるんだけど、特に書いておきたいとこ。
goes sour
- 『Heaven On Their Minds』。「ダメだ」とか意訳してるのが多いんだけど、まんま「腐った」って訳した方がユダの心情が出るだろうになぁ、と思い「腐った」という訳を当ててます。
Someone, Christ, King of the Jews
- 『Pilate and Christ』でのピラトとピラト側の部下のセリフ。これ言ってないのに「ジーザス・クライスト」と訳してる訳を散見。ここは
Someone Christ
ってジーザスの名前が出てきてない(ローマ勢的にはわりとどうでもいい)とこがポイントだと思うので「救世主なにがし」にしました。いい訳だおともう、なにがし。 Get out, you King of the
x2- 『King Herod's Song』の最後のとこ。
Get out, you King of the…
ってのを2回繰り返すんだけど、2回目のときヘロデ役が指2本でいわゆる「"」のジェスチャーしてるのが好きなので、それを強調して本字幕では「出ていけ / 出ていけ “王様”」と2回目だけクオート付きで王様付けました。
1/2/3人称
英語は1/2/3人称が固定なのに日本語はバリエーションがたくさんあるので、どれか選ばないといけない。
- ジーザス: 私 / お前・あなた / 彼ら
- ユダ: 俺 / あんた / あいつ
- マリア: 私 / あなた
- ピラト: 私 / お前
- ヘロデ: 私 / 君
- 使徒: 俺
とかにしてます。ジーザス2人称は「お前」だけど『Hosanna』だけ「あなた(たち)」呼び。ここは演説シーンなので少しよそ行きで改まってる感じ。使徒というかジーザス側モブは「俺(たち)」にしました。アンサンブルのとことか女性も混じってるし最初は「私」にしてたんだけど、こう、このアリーナ版は特にジーザス勢はヒッピーっぽい感じなのでがらっぱち(?)な感じを出すために「俺」。そういえばピラトには1箇所だけジーザスを「そなた」って呼ばせてるな。これはなんとなく。カヤパはピラトに話すときだけ丁寧口調。
あと細かいけど『Heaven On Their Minds』でのユダの they はみんな「あいつら」と訳してるけど、このアリーナ版では指してる人たちが目の前にいて実際ユダも指差したりしてるので「こいつら」にしました。他の演出だと合わないかもね。
アリーナ版用字幕
などと、このアリーナ版に合わせて訳してるので、他のプロダクションのだと合わないかもしれません。人称とかも他のユダだと「私」の方がいいとかありそう。
原詞の変更
それとこのアリーナ版、いくつかオリジナルの歌詞と変わってるところがあって、「変わってるなぁ」と思った。気づいたとこは以下2箇所:
- 『This Jesus Must Die』:
One thing I'll say for him - Jesus is cool
→Infantile sermons, the multitude drools
- ここ元はカヤパはジーザスを褒めてたのが、アリーナ版では一貫して貶してる
- 『Gethsemane』:
God, Thy will be hard / But you hold all cards
→God, Thy will be done / Take your only son
Thy will be done
というのは定型句みたいなもんらしいのでそのまま訳しました。その次の1行も変わってます。どっちでも良さそうだけど。説明感は薄れたかな。
だからどうってことないけど、ご報告までに。
で、アリーナ版
まぁ、そんな感じです。アリーナ版、公式日本語字幕以外は最高だからみんな見るといいよ。役者もいいし、演出もとても良い。ジーザスもユダも上手ですが、私はユダヤ教会勢、特にアンナスちゃんが大好きです!美しいハイトーン、小狡そうな演技。
ユダ役の Tim Minch は声・ルックスも配役に合ってて良いですが、端々での細かい演技がすごく良いです。『The Last Supper』でジーザスに Go!
を言い渡された後の目と小さな会釈とか最高です。
今後の展望
字幕訳時間かかるけどそれはそれで楽しかったので、次は日本語訳が1つも出てない『Mozart!』3がやりたくなってきた。でも『Mozart!』は訳元になるドイツ語の字幕データがないんだよなぁ。英語はあるんだけど。ドイツ語字幕データ作るところからかなぁ。しかしウィーンミュージカルはアンサンブルが複雑でタイミング調整するだけで疲弊しそう。いや、期待しないでください4。
- 私は購入した Blu-ray を私的に iPad や AppleTV で見る用にアレして使ってます。
- ほんとは日本語字幕は1秒4文字目安らしい。
- 最愛の André も出てるけど歌ってるシーンは1箇所しかないな。
- 私が『Mozart!』訳に精を出すということは明らかに、すなわち CotEditor 開発が滞るということなので、あまり好ましいことではない。